'98将棋ブログ

関東・中部・関西・中四の同期4人が共同ブログを始めたようです

将棋におけるメカニクス(あるす)

こんにちは。
れいくんがすごいやる気になってて申し訳ないから僕も書きます。
ちょっとした小噺なのでおつまみ程度に戯言へのお付き合いを願います。

 

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将棋で「位置エネルギー」という言葉を用いたことがありますか?

 

将棋界で位置エネルギーと言えば、平成25年度看寿賞(中編)を受賞した、久保紀貴氏作の詰将棋位置エネルギー」が最も有名かもしれません。


興味のある方は作者がブログで詳しく解説されているのでそちらをご覧になってください。

くぼの詰将棋 詰将棋パラダイス 2013.11 大13 「位置エネルギー」

ただ、詰将棋は今回の話題とはあまり関係がないので紹介に留めておこうと思います。

 

 

私が将棋において初めて「位置エネルギー」なる言葉を聞いた時はネタとして使われていたのですが、今考えてみると面白い考え方だと感じています。

 

 

ネットで調べてもなかなか出てきませんが、とあるブログが面白いことを言っていました。

 

位置エネルギー - 雁木ぶっぱ

ここから導きだされるのは、将棋において位置エネルギーを重視して指し手を進めていくと、エントロピーが増大していく、という仮説です。

 

こういう将棋で気を付けないといけないのは、エントロピーが増大した状態で位置エネルギーが失われる(=位を逆襲される、位支えていた金銀が剥がされる、など)ことで、そうなるとあとは裸の王様に惨劇が訪れるのを待つだけになります。最後まで高い位置エネルギーを保ったまま押し切らないといけません。

逆に、位置エネルギーが低い=エントロピーが小さい将棋というと、もちろん穴熊なわけですが。実は穴熊戦においてこそ、この位置エネルギーという考え方は重要なのではないか、と思ってます。

 

大変面白い考察と思いました。

 


この記事の著者同様に私も文系人間なので、細かい定義などは曖昧のまま文を続けるのでご容赦を。

 


位置エネルギーを重視するとエントロピーが増大する”とありましたが、稀に相居飛車で互いに位を取り合った時はエントロピーの小ささを維持したまま位置エネルギーを高めていく局面は現れます。


昭和の名棋士、灘蓮照の有名な四段端玉の局面(下図)は互いにエントロピーは比較的低いままだと思いますが、

f:id:shogi98:20170705115253p:plain
基本的には高い位置エネルギーを維持するためには1マスずつしか進めない金駒では、人間が意図的に操作する将棋でもエントロピー増大の法則の影響下に置かれやすいと言えます。



ここまで考えて、エントロピーの基準となるのは金駒のまとまり具合であることに焦点を置きました。

 

私は最近、東大チェスサークルに通うくらいにはチェスに傾倒していたのですが、攻撃力の高い駒が多いチェスと比べ、将棋の金駒はどちらかと言えば玉の防御のためにある駒で、終盤では時に飛車以上に価値が高騰することがあります。

エントロピーの大小に関わらず、高い位置エネルギーを維持したままの戦いが巧みである≒金銀の使い方が上手いと言えるでしょう。皮膚となる歩や支えとなる桂などの使い方も重要ではありますが。

 


まぁだからなんだと言えばそれまでの話なんですが。

私も昔は位置エネルギーが高い将棋が好きで、雁木を指して盛り上がりの将棋をしたりしていたのですが(完全にハチワンダイバーの二こ神さんの影響ですね)、今思えばかなり金銀の使い方に問題があった気がします。


こうした将棋が好きな人は自分の将棋を検討して金駒の運び方に改善点がないか調べてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

将棋とチェス関連の話のついでとしてもうひとつどうでもいい話をすると、両者は持ち駒の有無という大きな違いがあります。

 

 

チェスは駒の交換という概念がなく、互いに駒を取り合うと徐々に駒が少なくなっていきます。これは盤上と盤外で出入りがあるということで、即ちチェスの環境は物質的に開放的であると言えます。

例外として、プロモーションによって強力な駒が盤上に現れることもあります。

小島さんのツイート(下)にあるように、クイーンが3つ並んで盤面にブラックホールが出現することもあるようですね。

 




対して将棋は駒を二者間でやり取りし、持ち駒を含む局面全体の総量は常に等しく、終局まで変わりません。即ち、将棋の環境は物質的に閉鎖的であると言えます。

閉鎖的という言葉は、鎖国下の日本で盛んになった将棋を形容するのにぴったりだと思いませんか?

いや関連はないですが。

これもだからなんだという話でしたね。

 

 

 


本当にどうでもいい話しかしてなくて恐縮ですが、読んでくれた方がこれを何らかの思考の種にして、あまり広げられずに終わった私の思考を引き継いでくれれば幸いです。



(久保さんとバリンさん、ブログを勝手に引用して申し訳ありませんでした)