'98将棋ブログ

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関東・中部・関西・中四の同期4人が共同ブログを始めたようです

対四間飛車ミレニアム:第0章~introduction~(Ray)

今回は、ミレニアムが生まれるきっかけとなった藤井システムの歴史と、居飛車振り飛車それぞれの対応の変遷について軽く紹介したいと思います。具体的な研究については次回以降の投稿をお待ちください。

 

1995年度B級2組順位戦藤井猛ー△井上慶太 戦(図1)

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(図1は29手目▲2五桂まで)

今から22年前に指された、藤井システム1号局です。

かつて居飛車は、一般的な振り飛車に対し船囲いや玉頭位取りといった戦法で対抗しており、美濃囲いの強度で勝る振り飛車は、大駒交換などの捌きを狙って戦っていました。

しかし、昭和後期に入ると居飛車側も左美濃居飛車穴熊といった堅さ重視の囲いを採用し、猛威を振るい始めます。(羽生三冠(現)が居飛車穴熊を採用した時の勝率はなんと約9割1分)

そのため、振り飛車側は急戦にも対応でき、かつ左美濃居飛車穴熊に対抗できる陣形を生み出す必要に駆られました。そこで生まれたのが藤井システムです。

大雑把に纏めると、この戦法の狙いとしては、

・対左美濃…▲4五の位を早急に確保し居飛車の理想形を許さず、玉頭戦に持ち込む

・対居飛車穴熊居飛車穴熊に組む前に仕掛けを見せ囲いを牽制したり、あるいは居飛車に振り戻して玉頭からの攻めを見せる

…といったもの。

1997年度NHK杯戦▲屋敷伸之ー△羽生善治 戦(図2)

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(図2は31手目▲4五歩まで)

藤井システムが大きく注目を浴びるきっかけとなった一局です。

持ち時間の短いNHK杯戦で、後手が長考の末に指した一手は△3二玉。

この将棋については「羽生善治の戦いの絶対感覚」に詳しい変化や読み筋が展開されているのでそちらをご参照いただきたいのですが、△1二香と上がって居飛車穴熊を狙った後手に、手損させてまで玉の位置を戻させた本譜は先手の作戦が成功していると言って良いでしょう。

こうして藤井システムは脚光を浴び、居飛車はそう簡単に左美濃穴熊に組むことが出来なくなりました。同システムは1998年に升田幸三賞を受賞しています。

そんな中で生まれた居飛車の対抗策が、今回紹介するミレニアムです。(仮想図3)

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(仮想図3は45手目▲7九銀まで)

2000年(ミレニアム)に流行したので、そう名付けられました。

(余談ですが、古くから存在する「美濃」や「矢倉」といった囲いや戦法の名前には格調高さを感じるのですが、近年は「レグスぺ」のような由来も分からない戦法名も生まれつつありますね…)

この囲いの主張としては

振り飛車の角筋を予め避けることでコビン攻めを防いでいる

・それなりに堅い

・発展性がある(▲8六歩~▲8七銀~▲8八銀とする通称「銀銀冠」への組み替えが可能)

…といった点。一方、デメリットとしては

・守り駒を4枚にすると攻め駒不足に陥りやすい

・桂頭が薄い

・と金攻めに弱い

…など。非常に多くの形が存在するため(仮想図4、変化図5)、どれも一概には言い切ることが出来ませんが。

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(仮想図4は37手目▲3七桂まで)

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(変化図5は24手目△6二飛まで)

これらの形について、今後数回に渡り詳しく調べていこうと思います。

 

現在、一部の研究家の方々の功績により藤井システムは更なる発展を遂げており、新しい手順や構想が次々と生み出されています。

私はそこに立ち向かおうなどとは毛頭考えておらず、自分の研究した手順が戦法の発展や研究の深化の一助になれば良いなと考えています。

頑張っていきますよー